1987年8月27日、ニューヨーク・ブロンクスのハイブリッジ・ホームズ・プロジェクト付近の路上で、一発の銃弾がHip-Hopの歴史を変えた。Boogie Down Productions(BDP)のDJ兼プロデューサー、DJ Scott La Rock(本名:スコット・モンロー・スターリング)が、仲間の仲裁に入った末に射殺された。享年25歳。1962年3月2日、ニューヨーク州ブロンクス生まれ。バスケットボール奨学生としてキャスルトン州立大学を卒業後、ブロンクスのフランクリン・メンズ・シェルターで社会福祉士として働く傍ら、クラブDJとして活動していた。そのシェルターで出会ったのが、ホームレス状態にあったKRS-Oneだった。
1987年3月、BDPはデビューアルバム『Criminal Minded』をB-Boy Recordsからリリースした。スコット・ラ・ロックのプロデュースによるこのアルバムは、ダンスホール・レゲエの影響を受けたスパースで攻撃的なビートと、KRS-Oneのストリートの現実を刻み込んだリリックが融合した作品だ。ローリング・ストーン誌の「500 Greatest Albums of All Time」にも名を連ねる歴史的名盤であり、のちのギャングスタ・ラップの礎を築いたとも評される。
BDPはジュース・クルーとの「ブリッジ・ウォーズ」でも知られる。「South Bronx」「The Bridge Is Over」といった楽曲でMC Shanとマーリー・マールを痛烈にディスしたこの抗争は、Hip-Hop史上初の本格的なビーフとして記録されている。
その死後、KRS-Oneはスコット・ラ・ロックの殺害を直接の契機として「Stop the Violence Movement」を発足。1989年にはKRS-One、MC Lyte、Heavy D.、D-Niceらによる「Self-Destruction」をリリースし、収益を全額黒人コミュニティ支援団体に寄付した。ブロンクスの交差点には「DJ Scott La Rock Boulevard」と名付けられた通りが残り、彼の名は今も地域に刻まれている。
2026年8月27日は命日から39年にあたる。
▶︎ Boogie Down Productions – “South Bronx”(1986)
DJ Scott La Rockがプロデュースし、Hip-Hopの発祥地をクイーンズブリッジではなくサウス・ブロンクスであると宣言した歴史的ディストラック。MC Shanとジュース・クルーへの対抗として制作されたこの曲は、ブリッジ・ウォーズの火蓋を切ったと同時に、コンプレックス誌のHip-Hop史上最高のディス曲ランキングで9位に選出されている。スコット・ラ・ロックの才能が存分に発揮された一曲だ。
▶︎ Boogie Down Productions – “My Philosophy”(1988)
スコット・ラ・ロックの死後にリリースされたBDP第2作『By All Means Necessary』からの代表曲。マルコムXを彷彿させるアルバムジャケットとともに、KRS-Oneがスコット・ラ・ロックの死と向き合いながら「教育者」としての新たな道を宣言した一曲だ。この曲の成功はすなわち、スコット・ラ・ロックが遺した音楽の土台なくしては生まれ得なかったものだ。