August 7, 2022

Hip-Hop界を代表するラッパー、Nicki Minajが、自身のXアカウントで月額10ドル(日本円でおよそ1,500円)の有料サブスクリプション機能をスタートさせたことが明らかになった。しかし発表のタイミングが物議を醸している。彼女は現在、複数の高額債務をめぐって法廷闘争の真っ只中にあるからだ。

Minajは週末、Xの有料サブスク機能について案内し、次のように綴った。

“You can now subscribe to my X account. It’s for ppl who wanna have fun, think deeper, grow, learn, laugh, cry, cuss ppl out, look cute sometimes, be yourself at all times… elevate, levitate, meditate.”(訳)「今、私のXアカウントをサブスクできるようになったよ。楽しみたい人、深く考えたい人、成長したい人、学びたい人、笑いたい人、泣きたい人、誰かに悪態をつきたい人、たまには可愛くいたい人、常に自分らしくいたい人のために……高まって、浮かんで、瞑想して」

月10ドルの料金には、限定投稿や写真、音声チャット機能「Spaces」への参加権などの特典が付くという。

ファンの反応は真っ二つに割れた。あるユーザーは「Billionaire Barbie(ビリオネア・バービー)はどこへ行ったの?なんでTwitterのサブスクを乞い求めてるわけ?」と皮肉を込めて投稿した。ちなみに”Billionaire Barbie”とは、Minaj自身が長年掲げてきたセレブリティ・ペルソナで、富と華やかさを象徴するニックネームだ。一方で「限定コンテンツが待ちきれない」と歓迎する声も上がっている。

このタイミングでの有料化には理由がありそうだ。Minajは現在、少なくとも2件の高額債務訴訟を抱えている。1件は、2024年の著作権侵害訴訟で自身の代理人を務めた法律事務所Gordon Rees Scully Mansukhani LLPによるもので、未払いの弁護士費用229,541ドル(約3,400万円)の支払いを求めている。同事務所によれば、Minaj側が訴状に応答しなかったためすでに欠席判決(デフォルト・ジャッジメント)が成立しており、9月に本審理が予定されている。

もう1件は2026年3月、あるコンサート制作会社が起こした訴訟で、コンサート関連費用の未払いをめぐり約275,000ドル(約4,000万円)を求めている。これに対しMinaj側は、自身は当該契約の当事者ではないと主張し、争う姿勢を見せている。

相次ぐ訴訟の報道を受け、SNS上では「実は懐事情が厳しいのでは」といった憶測も広がっている状況だ。

Futureが、次のアルバム制作にすでに動き出している。前作が全米チャートで1位を獲得してからわずか1ヶ月足らずでの発表となった。

8月2日、FutureはInstagramのストーリーズで、アルバムの好成績への感謝をつづった。

「#1アルバムをありがとう。変わらぬ愛にはいつも心から感謝してる。1000%、次の作品はみんなのために」


同作『The Real Me』は7月10日にリリースされた、Futureにとって通算10作目のソロスタジオアルバムで、2024年の『Mixtape Pluto』以来となるソロ作品だ。全22曲収録、ゲスト参加(フィーチャリング)なしという構成ながら、初週にアルバム換算ユニット13万1000枚を記録した。

※「アルバム換算ユニット」とは、CDやデジタルでの純粋なアルバム売上に加え、収録曲のダウンロード数やストリーミング再生数を一定の比率でアルバム1枚分に換算し合算する、Billboard(米音楽チャート誌)独自の集計指標。米国の音楽チャートで広く採用されている。
この結果、本作はFutureにとって通算12作目となる全米No.1アルバムとなった。

今回のヒットにより、FutureはHip-Hop史上でも屈指の記録保持者に名を連ねることになった。全米No.1アルバム獲得数でEminemの持つ11作という記録を上回り、歴代5位に浮上。彼の上には、Jay-Z(14作)、DrakeとTaylor Swiftが並ぶ15作、そして最多記録を持つThe Beatles(19作)が控えている。

2018年8月3日、ペンシルベニア州ピッツバーグ出身のMac Miller(本名:マルコム・ジェームズ・マカーマック・マッコーミック)が5枚目のスタジオアルバム『Swimming』をWarner Recordsからリリースした。1992年1月19日生まれの彼は、ピッツバーグのスクワーリル・ヒル地区で育ち、15歳の頃から音楽制作を始めた。2010年代前半からインディペンデントなミックステープリリースで頭角を現し、「Best Day Ever」「Donald Trump」などで若いファン層を獲得。アルバムを重ねるごとに音楽的な深みを増し、本作はその円熟の頂点に位置するとも言われる。

『Swimming』はMac Miller自身がプロデュースの多くを手がけ(Dev Hynesや9th Wonderなどとのコラボも含む)、ジャズ・ソウル・サイケデリックが混ざり合う独自の世界観を構築した作品だ。グラミー賞の「Best Rap Album」にノミネートされたこのアルバムは、彼の音楽的成熟を高らかに示す傑作として批評家から高い評価を受けた。

アルバム名「Swimming」が示すように、本作は溺れそうになりながらも水面に浮かんでいることへの意思を表現している。先行シングル「Self Care」のMVでは、棺桶の中に生き埋めにされながら脱出する衝撃的な映像が、彼の精神的な葛藤と再生への意志を象徴していた。

しかし『Swimming』のリリースからわずか1か月後の2018年9月7日、Mac Millerは自宅でフェンタニルとコカインの混合物による急性薬物中毒で死去した。26歳だった。遺作となったこのアルバムに込められた「浮かんでいたい」という意志は、その後のあまりにも悲しい結末とともに、多くのリスナーの心に深い余韻を残し続けている。

2026年8月3日でリリースから8周年を迎える。

▶︎ Mac Miller – “Self Care”(2018)

Christian Weber監督による本MVは、Mac Millerが棺桶に生き埋めにされ、そこから自力で脱出するという衝撃的な内容だ。後から振り返れば予言的とも受け取れるこの映像は、彼が自らの内面の闇と真剣に向き合い、もがきながらも光へ向かおうとしていたことを伝える。彼の死後、このMVは世界中で何億回もの再生を記録した。

▶︎ Mac Miller – “Small Worlds”(2018)

『Swimming』のリード・シングル。穏やかなサマー・ソウルのビートの上に、日常の小さな幸せと内なる孤独が混在する繊細なリリックが乗る。Mac Miller最晩年の心象風景をもっとも美しく表現した一曲として、多くのファンが彼を偲ぶ際に真っ先に挙げる楽曲だ。

1960年8月1日、ニューヨーク州ロングアイランドに、カールトン・ダグラス・リドンホールという名の男が生まれた。世界はのちに彼をChuck Dという名で知ることになる。Public Enemyのフロントマンにして、Hip-Hopを政治的な声の器へと変えた革命家だ。ロングアイランドのルーズベルト出身。アデルフィ大学でグラフィックデザインを学ぶかたわらDJとしてキャリアをスタートさせ、1987年にFlavor Flav、Terminator X、DJ Lord、S1W、Professor Griff、ザ・ボム・スクワッドとともにPublic Enemyを結成した。

Public Enemyが登場した1980年代後半のアメリカは、ロナルド・レーガン政権が進める新自由主義政策の下で、黒人コミュニティが経済的・社会的に追い詰められていた時代だった。Chuck Dはそのリアルを、ラジオのアナウンサーばりの重厚な低音ボイスで容赦なくラップに刻み込んだ。

1988年リリースのセカンドアルバム『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』は、Hip-Hop界における政治的表現の到達点として、ローリング・ストーン誌「500 Greatest Albums of All Time」にも名を連ねる金字塔だ。続く1990年の『Fear of a Black Planet』に収録された「Fight the Power」は、スパイク・リー監督の映画『Do the Right Thing』の主題歌として制作され、公民権運動の精神をHip-Hopで引き継ぐアンセムとして今も世界中で演奏され続けている。

Chuck Dはまた、1988年には「Self-Destruction」プロジェクトでStop the Violence Movementを牽引。KRS-One、MC Lyte、Heavy D.らと連名で黒人コミュニティ内の暴力に反対する声を上げ、収益を全額ナショナル・アーバン・リーグに寄付した。ラッパーであると同時に活動家であり、思想家でもあった彼の存在は、Hip-Hopが単なるポップミュージックを超えた社会変革のツールであることを証明してきた。

2026年、Chuck Dは生誕66周年を迎える。

▶︎ Public Enemy – “Fight the Power”(1989)

スパイク・リーが監督したこのMVは、ブルックリンの街頭を舞台にした大規模なデモ行進と、Chuck Dの激烈なラップを交錯させた映像詩だ。エルヴィス・プレスリーやジョン・ウェインを名指しで批判するリリックは当時大きな議論を巻き起こし、ローリング・ストーン誌の「500 Greatest Songs of All Time」でも高く評価された。Public Enemy最大の代表曲にして、Hip-Hop史において永遠に語り継がれる一曲。

▶︎ Public Enemy – “Don’t Believe the Hype”(1988)

『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』収録のシングル。メディアのプロパガンダと情報操作に対する鋭い批判を込めた一曲で、チャートでの成功と批評的な絶賛を同時に勝ち取った。ボム・スクワッドによるサンプルを幾重にも重ねたビートは、当時のHip-Hop制作の常識を塗り替えるものだった。

1962年7月29日、DJ KRUSH(本名:石井秀明)は東京で生まれた。1980年代前半に映画”Wild Style”に衝撃を受けたことがきっかけでヒップホップDJの道に進み、1980年代後半には原宿のホコ天(歩行者天国)でブレイクダンサーたちと共に活動。そこでMUROやDJ GOと出会い、ヒップホップクルー B-FRESH3、そして1MC2DJのユニットKRUSH POSSEを結成した。

KRUSH POSSEが1992年に解散した後、DJ KRUSHは一人でも表現できるヒップホップを追求し、ソロとしての活動を本格化させる。1994年に1st アルバム”KRUSH”をリリース。続いて同年、イギリスの独立系レーベルMo’ Waxから2nd アルバム”Strictly Turntablized”を発表すると、ヨーロッパを中心に大きな話題を呼び、当時アメリカ西海岸でDJ Shadowが起こしていたムーブメントと並んで「トリップホップ/アブストラクト・ヒップホップ」という新たなジャンルを象徴する存在となった。

その後も”MEISO(迷走)”(1995年)、”MiLight-未来”(1996年)、近藤等則とのコラボレーション作”記憶 ~KI-OKU~”(1996年)など、国内外のラッパーやミュージシャンを迎えながら独自のサウンドを追求し続けた。1995年にはDJ YAS、DJ KENSEI、DJ HAZU、DJ HIDEとともにDJ/プロデューサー集団 KEMURI PRODUCTIONS にも参加。ターンテーブルを単なる再生機器ではなく「楽器」として扱うDJ KRUSHのスタイルは、日本のヒップホップシーンのみならず、世界中のクラブシーン、フェスティバルで高い評価を獲得し続けている。

2017年にはソロデビュー25周年を記念して、自身初となる日本語ラップのみで構成されたアルバム”軌跡”をリリース。RINO LATINA II、5lack、OMSB、R-指定、呂布カルマ、志人、Meiso、チプルソといった世代を超えたラッパーたちを迎え、長年temptしていた「日本語ラップアルバム」という夢を実現させた。

2026年でDJ KRUSHは64歳になる。

▶︎”Kemuri” 1994年のアルバム”Strictly Turntablized”に収録された一曲で、同年にDJ Shadowとのスプリット12インチとしてもリリースされた。重く沈み込むようなビートと、和を感じさせるサンプルワークが特徴的で、DJ KRUSHの国際的なブレイクスルーを象徴する代表曲の一つとなっている。

▶︎”Song for John Walker” feat. Anticon 2002年のアルバム”The Message at the Depth”に収録された一曲で、アメリカのアンダーグラウンド・ヒップホップ・コレクティブAnticonのメンバーたちをフィーチャー。アフガニスタンでタリバン側として拘束されたアメリカ人ジョン・ウォーカー・リンドの事件を題材に、9.11後のアメリカ社会への批評的な視点を織り込んだ重厚な一曲で、DJ KRUSHの国際的なコラボレーションの広がりを示す楽曲だ。