Lil Tjay

1965年8月20日、ニューヨーク州ブルックリンに、ローレンス・クリスフェル・パーカーという名の男が生まれた。世界は彼をKRS-One、すなわち”Knowledge Reigns Supreme Over Nearly Everyone”(知識はほぼすべての人の上に君臨する)という名で知ることになる。ブルックスビル・ハイツで貧困の中に育ち、10代でホームレスとなりブロンクスのシェルターを転々とした。そのシェルターで出会ったのが、後に共同でBoogie Down Productionsを結成するDJ Scott La Rockだった。逆境がキャリアのスタートラインとなった男の物語は、Hip-Hopの本質そのものだ。

1987年、Boogie Down Productions(BDP)のデビューアルバム『Criminal Minded』をリリース。同年8月27日にDJ Scott La Rockが銃撃により命を落とすという悲劇に見舞われたものの、KRS-Oneはそこで折れることなく方向転換を図り、よりコンシャスでエデュケーショナルなHip-Hopへと舵を切った。「Stop the Violence Movement」を立ち上げ、Hip-Hopを暴力への反省と社会変革のツールとして再定義した。

1993年のソロアルバム『Return of the Boom Bap』は、ゴールデンエラ・Hip-Hopの金字塔の一つに数えられる。収録曲「Sound of da Police」は、「OFFICER」という言葉が「OVERSEER(奴隷監視人)」の短縮形であるという歴史的分析を通じて警察権力を批判し、今もアメリカの人種問題を論じる際に引用される。単なるラッパーを超え、大学での講演活動も精力的に行う”The Teacha”の異名はこの哲学から生まれた。

ローリング・ストーン誌の「Greatest MCs of All Time」リストにも名を連ね、グラミーやBETのライフタイム・アチーブメント賞など数々の栄誉を手にしてきたKRS-Oneは、2026年8月20日に61歳の誕生日を迎える。

▶︎ KRS-One – “Sound of da Police”(1993)

『Return of the Boom Bap』から生まれたKRS-One最大の代表曲の一つ。警察官(Officer)という言葉に奴隷制度の歴史を読み込んだリリックは、リリースから30年以上が経つ現在もブラック・ライブズ・マター運動の文脈で繰り返し参照される。シンプルかつ強烈なビートの上で、彼の知性が最大限に発揮された一曲だ。

▶︎ Boogie Down Productions – “My Philosophy”(1988)

Scott La Rock死去後、初のBDPアルバム『By All Means Necessary』収録のシングル。Hip-Hopとは何かを問い、自らの哲学を高らかに宣言するこの曲は、コンシャス・ラップの金字塔として後の世代のアーティストたちに多大な影響を与えた。アルバムジャケットは、マルコムXの有名な写真をオマージュした一枚だ。

1985年8月15日、カリフォルニア州ロサンゼルスのサウス・ロサンゼルスに、エルマイア・アスゲドム・ジョセフという名の男が生まれた。世界は彼をNipsey Hussleと呼ぶ。南ロサンゼルスのクレンショー地区で育ち、ティーンエイジャーの頃にギャング組織Rollin’ 60s Cripsに関与しながらも、独学で音楽制作とビジネスを学んでいった。2005年頃からミックステープのリリースを重ね、長きにわたって自立したインディペンデント・アーティストとして地道に歩み続けた男だ。

Nipsey Hussleの偉大さはラップのスキルにとどまらない。2013年、彼は1000枚限定の『Crenshaw』ミックステープを100ドルで販売するという前代未聞のビジネスモデルを打ち出し、Jay-Zが100枚を即座に購入したことで話題を呼んだ。これはHip-Hopにおける自立型エコノミーの先駆けとして高く評価されている。

2018年リリースの初メジャーアルバム『Victory Lap』はグラミー賞の「Best Rap Album」にノミネートされ、長年の独立した道のりへのご褒美のように批評と商業の両面で成功を収めた。しかし彼の真の遺産はクレンショー地区への還元にある。STEM教育施設への支援、地元ショッピングモールへの投資、地域の若者のためのビジネスレクチャーなど、自分が育った街を変えることに人生を賭けた。

2019年3月31日、Nipsey Hussleは自らの店の前で銃撃され、33歳という若さでこの世を去った。彼の死はロサンゼルスのみならず世界中のHip-Hopファンに深い悲しみをもたらし、バラク・オバマ元大統領も追悼文を寄せた。「ザ・マラソン・コンティニューズ」という彼の言葉は今なおアンセムとして生き続けている。

2026年は生誕41周年にあたる。

▶︎ Nipsey Hussle – “Racks in the Middle” ft. Roddy Ricch & Hit-Boy(2019)

死去の直前にリリースされた本曲は、2020年のグラミー賞「Best Rap Song」を受賞した。Roddy RicchとHit-Boyをフィーチャーし、インディペンデントな姿勢を保ちながら頂点へ至ったNipseyの確信に満ちたラップが光る。彼の遺作となったこのMVは、世界中のファンへの最後のメッセージとなった。

▶︎ Nipsey Hussle – “Double Up” ft. Belly & Dom Kennedy(2018)

『Victory Lap』収録曲。地元クレンショーの路上で撮影されたこのMVは、彼のルーツへの誇りとコミュニティへの愛着を真っ直ぐに映し出す。BellyとDom Kennedyとの三者鼎立のマイクリレーが心地よく、Nipseyの哲学が凝縮された一曲だ。

DJ Khaledが2019年に発表した楽曲「Higher」のミュージックビデオに登場したカスタムローライダーが、今週オークションに出品される。

出品されるのは、1959年式Chevrolet Impalaをベースにしたベビーブルーのローライダー。カリフォルニアで開催されるMecum Auctionsの「モントレー・セール」に出品され、事前予想落札額は17万5000ドルから22万5000ドル(約2600万円〜3300万円)、実際の落札額は6桁台後半にまで達すると見込まれている。

この車両は、「Higher」のミュージックビデオでNipsey HussleおよびJohn Legendとともに登場した一台。撮影が行われたのは、Nipsey Hussleが自身のアパレルブランドMarathon Clothingの店舗前で命を落とす2019年3月の、まさに直前だったとされる。この経緯もあって、単なる旧車という枠を超えた特別な意味を持つ一台となっている。

主なスペック

  • 283立方インチV8エンジン
  • Turbo Hydramatic 350トランスミッション
  • パワーステアリング / パワーブレーキ
  • アルミニウム製ラジエーター
  • トランク搭載バッテリー駆動のカスタム油圧サスペンション
  • Dayton製ワイヤーホイール / ホワイトウォールタイヤ
  • トライトーンのブルーインテリア
  • 「Public Enemy」LAカークラブのナンバープレート

最大の特徴は、車体を上下にリフト&バウンスさせるカスタム油圧サスペンションシステム。これはローライダー文化を象徴するギミックのひとつだ。

「Higher」は、Nipsey Hussleの死後にリリースされ、2020年のグラミー賞では最優秀ラップ/歌唱パフォーマンス賞を受賞した楽曲でもある。DJ Khaledはこの曲をNipsey Hussleの死からわずか数週間後に発表し、収益をNipsey Hussleの子どもたちに寄付。ミュージックビデオそのものも、結果的に故人へのトリビュートとしての意味合いを帯びることとなった。

今回のオークションはLot F120として出品され、会場での対面入札に加え、リモートでの入札にも対応している。

NBA YoungBoyが、現在韓国に生活拠点を移していることを明らかにし、アメリカへ戻るつもりは一切ないと語った。

この告白は、Funny Marcoが配信するポッドキャスト番組「Open Thoughts」への出演中に飛び出したもの。近年NBA YoungBoyは、収監生活や、個人的なトラウマに起因するメンタルヘルスの問題など、数々の困難に直面してきた人物であり、そうした経験をたびたび自身の楽曲で赤裸々に描いてきた。

番組内でNBA YoungBoyは韓国への移住をあらためて認めた上で、アメリカへの帰国を検討する可能性を問われると、きっぱりとこう言い切った。

「絶対にない(never in life)」

ただし、観光として訪れる可能性については否定しなかった。

これまでNBA YoungBoyは、アメリカ・ユタ州に牧場付きの邸宅を構えて生活しており、近隣住民との関係も少しずつ築きつつあったという。今回の韓国移住は、これまでとは一転して、彼にとって未知の文化圏での生活のスタートを意味する。移住の理由についてNBA YoungBoyは、治安の良さや清潔さ、そこで得られる”自由”を挙げており、アメリカでの生活に伴う長年のトラウマや度重なる法的トラブルから距離を置きたいという思いが、今回の決断の背景にあるようだ。

さらに今回のインタビューでNBA YoungBoyは、深刻な心臓の健康問題を抱えていることも明かした。ツアー中に医師から心臓の左側が肥大していると告げられたが、「誰にも言わずに、そのまま全公演をこなし続けた」と振り返っている。現在もこの状態は続いているとしつつ、韓国での新生活の中でこの課題と向き合っているという。

音楽キャリアについても言及があり、今後リリースするアルバムは「あと1、2作」に留め、生涯最後となるツアーを一度行った後は、音楽業界から完全に身を引く意向を示した。現在は自身のキャリアよりも、子どもたちの経済的な将来を優先しているとのこと。次回作『All Dogs Go to Heaven』は、彼の誕生日前のリリースを目指して制作が進められている。

1996年に起きたTupac Shakurこと2Pac射殺事件で唯一起訴されているDuane “Keefe D” Davisが、自身の裁判を目前に控え、事件への関与を改めて否定する一方、当時Death Row Recordsのセキュリティ責任者を務めていたReggie Wright Jr.が事件を主導した人物だと主張していることが分かった。

米ローカルニュース局「8 News Now」の取材に対し、Davisは「自分は誰の殺害にも関与していない」と述べ、責任はWrightにあると示唆した。ただし、この主張を裏付ける具体的な証拠は提示されておらず、捜査関係者や私立探偵がWrightの関与を示す情報を集めているとDavis側が述べるにとどまっている。

Davisの主張には、Wrightが捜査当局に嘘の説明をし、メディア出演の際に自分の家族を脅したという内容や、Wright自身が事件当初から自らの名前を捜査線上に持ち出していた、といった指摘が含まれている。

一方、元コンプトン市警察官でもあるWrightは、こうした疑惑をこれまで一貫して否定してきた。Davisを起訴に導いた大陪審でも証言しており、事件当夜はTupac ShakurおよびDeath Row Records代表Marion “Suge” Knightのために、移動などのロジスティクス業務を担当していたと説明している。Wright側は、Davisの主張について「注目を自分からそらすための試みだ」としている。

検察側の証人には、Suge Knightのほか、ネバダ州知事Joe Lombardo、元ラスベガス市長Oscar Goodmanの名も挙がっている。有罪となった場合、Davisは仮釈放の可能性がない終身刑に処される見込みだ。