Wu-Tang Clanのメンバーとして、そして唯一無二の存在としてHip-Hopシーンに強烈な爪痕を残したOl’ Dirty Bastard(通称ODB)。彼の名を冠した通りが、2026年7月25日、ブルックリンに正式に誕生した。
今回の式典は、ODBのエステート(遺産管理団体)とブルックリン市議会議員のChi Ossé氏の共同主催によって実現したもの。舞台となったのは、ODBが育ったベッドスタイ地区を走るパットナム・アベニューの一角で、この区間は今後「ODB Jones Way」という愛称で呼ばれることになる。
ニューヨーク市では、地域にゆかりのある著名人や功労者を称えるため、既存の通りに公式の住所とは別の「名誉通り名」を追加する制度がある。通り名の看板だけが新設され、地図上の正式名称や郵便住所は変わらないのが特徴で、地元コミュニティの記憶や誇りを可視化する目的で行われることが多い。今回のODBの通りも、市議会議員の後押しと地域住民の合意を経て実現した。
ODBの実弟にあたるRamsey Jonesは、看板が設置された場所についてこう明かしている。この一角は、フランクリン・アベニューとパットナム・アベニューが交わる角にあたり、なんと2人の祖母が今も暮らす思い出の地だという。すでにこの一帯には、ODBのデビューアルバムのジャケットを描いた壁画も存在しており、地元では以前からファンの間で「聖地」として親しまれてきた場所でもある。
本名Russell Tyrone Jonesとしてブルックリンのフォートグリーンで生まれたODBは、歌うようなラップと荒々しいアドリブを織り交ぜた独自のスタイルで、Wu-Tang Clanの中でも異彩を放つ存在だった。予測不能なライブパフォーマンスと破天荒なキャラクターは、彼を90年代Hip-Hopを象徴するアイコンの一人に押し上げた。
2004年11月13日、ODBはマンハッタンのレコーディングスタジオで倒れ、そのままこの世を去った。検視官による調べでは、コカインと鎮痛薬トラマドールの過剰摂取による事故死と結論づけられている。彼の36歳の誕生日を、わずか2日後に控えたタイミングでの出来事だった。
今回の通り名の授与により、ODBはThe Notorious B.I.G.、Phife Dawg、Big Pun、MF DOOMといった、すでに地元ニューヨークで通り名を持つ先人たちの列に加わることになった。彼らはいずれも、若くしてシーンを去りながらも、今なお多くのファンやアーティストに影響を与え続けているレジェンドたちだ。
さらに、ODBが所属したWu-Tang Clan自体も、拠点であったスタテンアイランドの一角が「Wu-Tang Clan District」として公式に指定されており、グループの功績はニューヨーク市の街並みそのものに刻み込まれている。ブルックリンからスタテンアイランドまで、Wu-Tangのレガシーは今もこの街の記憶として生き続けている。